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2006年12月31日 (日)

大晦日

いよいよ大晦日。あと数時間で新年を迎える。
今年もいろいろな場所に出かけたが時の経つのは早い。
山に、街に、道にと、春夏秋冬気ままに彷徨してきたが、
まだまだ行っていない場所がたくさんある。

それは次の楽しみにして、とにかく一年間無事にぶらり旅。
最後はやっぱりこの写真で締めくくります。
伊勢神宮内宮宇治橋。

  12300005

この一年、”ぶらり旅”にお付合いありがとうございました。

2006年12月30日 (土)

晦日参りと迎春準備

今年もはや晦日。
毎年のことながら晦日参りと正月用食品の買出しに伊勢に行く。
昨日の雪でどうなるかと思っていたが何とか曇りでホッとする。
しかし東名阪は四日市から亀山まで吹雪く。
天気は変わりやすい。

渋滞もなく伊勢に着いて、
駐車場も早かったからかスンナリだった。
明日からは規制がかかり、
車はサンアリーナ駐車場に誘導されてパーク&バスライドが
実施される。まあ、渋滞よりはいいか?

おはらい町も、内宮参道もまだ人は少なく静かでいい。
参道にはどんど焚きの木も用意されて迎春準備は万端である。

  12300002m

この写真を載せると昨年と同じじゃないか!
と言われそうだが画がない。
宇治橋も面白くないし、仕方がないので正宮のこの写真を。

  12300004
ここは石段下からしか撮影できないので近寄れないが、
写真右のムシロの階段にご注目を!
知る人は知っている?と思うが。
ここは普段は板塀があって参拝は鳥居から入る、
が今は初詣用に右の二枚の板塀が外されて
正宮への参拝口が造られている。
内宮もいろいろ混雑に気を使っているようです。

ブログ用にわざと撮ったと思わないで?
画がないのでたまたま使っただけ。

この後、外宮に行ったら駐車場まで入れず大渋滞に遭う。
しょうがないので外宮参拝はやめて正月の食材の買出しに。
いつものスーパー「ぎゅうとら」でもろもろ買って、
後は馴染の店で伊勢うどんのたれと、うどんの玉を仕入れる。

そのまま23号線に出て
線沿いの「へんばや」で昆布の佃煮を買う。
ここは「へんば餅」が有名、
でもなぜ餅に昆布?かは知らないけど美味い。
いつから売り出したのかそれも今度聞いてみよう?

2006年12月29日 (金)

初雪

朝から雪。
昨年の初雪から17日遅れだが、
本格的な積雪はちょうど1週間遅れである。

 12290005_1  12290010
今年は暖かい日が続き、
雪はないかと思っていたらきっちり降ってくれる。

我がブログによると昨年も27日に大雪警報まで出た日だから、
(これって24日にも書いたばかり)案外天気もバカに出来ないね。

このあたりは12月20日頃から末に必ず雪が降る。
昨年も雪かきに往生してスコップを買いに走ったが、
どこも品切れで結局年明けに買う羽目になった。
以来一度も使うことはなかったけど。
出来れば使いたくないのが本音だが、
今日は使わざるを得ないようだ。
車のタイヤもまだ替えていないし?いやだね~。

2006年12月27日 (水)

忙中閑あり

所用の帰りに桑名の揖斐川河畔にある住吉浦に行く。

「七里の渡し」跡から「六華苑」の間までの、
堤防の拡幅工事も終わり随分と綺麗になっている。
住吉神社の傍には住吉浦休憩施設が造られ
観光案内所もできていた。
広場は六華苑の第二駐車場で、
観光バスまで駐車できる規模である。

 12270002 

今日は風が強く、川を挟んだ先にJRのツインタワーと
新しいミッドランドスクエアがはっきりと見える。左の白いのは何?

 12270007
堤防に造られた遊歩道を下流に行くと
突当りで右に「七里の渡し」跡がある。

はじめて見た海側からの一の鳥居だ。
「宮の渡し」から海上七里を来て見る
「渡しの鳥居」とは角度が違う?と思うが
(残念ながら見たことがない)でもこれは嬉しかった!

すぐ横から渡し跡への細い道が付けられている。
この辺りは公園への再整備があるという。
いつかは分からないが完成したら桑名の新名所になる?
たぶんね。
気になる、それがいつ・・・かです。

2006年12月26日 (火)

いこいの村大和高原

昨日、奈良の帰りに都祁にある
「いこいの村大和高原」に寄る。

名阪国道の一本松インターを降りて、
ほんの少し大阪寄りに戻った左手の丘陵地一帯にある
ホテルを中心にしたレジャー施設である。
ざっと見ただけだが、ローラースケート、変形自転車、
電動自動車などの子供用から。18ホールのパターゴルフ、
グランドゴルフ、テニス、バーベキューなどを備えた大型施設だ。

入口から車道の左に日本庭園が続く。

 1025nara026  1025nara021  
雑木林の中の遊歩道も完備されていて、
ゆっくり楽しめそうな場所である。
日本庭園を歩いたが、
残念ながら時期が時期で今は何も見所はない。
四季の花木には名札がかかり、季節なら楽しいかも。
ただ、今は手入れもされてなくて少し残念な状態だ。

サイクルロードを展望台に歩いていくと、
広いグランドゴルフ場で一人のおっさんがプレーをしていた。
本人は楽しそうだったが、
なぜか見ていて寂しい気がしたがしたな~。
とにかく自然がまだ残されている。
遊歩道も花木が芽吹く春先には楽しいだろう?・・・ 
も一度来てみるか?

チョッと寄っただけだが、いつものように気になっていたところ。
意外と季節には人気スポットなのかも知れない?

2006年12月25日 (月)

奈良にオープン・子規の庭

奈良に「子規の庭」なるものがオープンしたとある。
こういうものにはすぐに乗ってしまう性格でついつい出かけてしまう。

奈良観光アーカイブのHPでの紹介では新名所!!
OPEN と銘打ち、正岡子規が奈良に旅し、
對山樓に滞在した折に食べた御所柿から、
法隆寺で詠んだ「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」までの経緯や、
立派な庭が出来るまでが詳細に書かれている。
東大寺転害門傍の旧對山樓の跡地で、
現在の日本料理天平倶楽部の庭の一番奥に、
真新しく整備された小さな場所に伊予青石の句碑が建つ。

  1025nara016 1025nara013

”子規の奈良での足跡を顕彰するため、子規の孫にあたる造園家
正岡明氏の監修のもと、古木の柿を中心に、子規が愛した草花を
植えた庭を整備し、庭内には子規が奈良に滞在した際に詠んだ
「秋暮るゝ奈良の旅籠や柿の味」の句碑を建立しました”。

子規の庭HPにある文からの要約である。
ま~?わざわざ行くほどの名所になるかどうかは、?だが。
よほどの子規フアンか?興味のある人が行くぐらいかな?
ただ名所は別として、
こういったものを造ってくれることはうれしいね~。
奈良の子規プロジェクトの方々、
じっくりと拝見させていただきました。
柿が実る頃、また訪ねて見るか。

2006年12月24日 (日)

年の瀬モード

庭のモミジもようやくすべての葉を落として一面落葉だらけ。
あまりのひどさに、昨日から一気に年の瀬モードで庭の手入れをする。
ドウダン、花水木、モミジ、梅、サンシュウと落葉樹がかたまっているので
落葉の絨毯?といえば聞こえがいいが、ほりっ放しの散り放題。
腐葉土化しているのもある。それはそのまま使うからいいが、
最近はこまめに掃除をしないから年の瀬にツケが回ってくるハメになる。

昨日はとりあえず落葉掃除を済ませ、今日はモミジと梅の剪定をする。
共に大きくなりすぎて、毎年小さくしようと思いながら思い切って切れずに
かたちだけ鋏を入れてきたが、さすがに今年は切った。
しかし梅だけは思い切って切れないなかった。
すでに花芽ができているのを見るとつい手が緩む。
仕方なく隣に入り込んだ枝や、実を採るときに邪魔な太枝だけを切る。
切ったは切ったで後処理でまた一苦労、どちらかというとこれがうんざりだ。
まさに両方とも一日がかりの仕事だ。

思ったより早く終わったので他の木も綺麗にしていたら、
ヒイラギの花がまだ咲き残っている。
   12240003
さすがに香りはあまり無いが、結構長く持つね~。
もしかしたら年を越すんじゃないだろうか?
節分まで咲いていたりして?まさかそんなことは無いだろうけど、
今年は本当に季節はずれの花にお目にかかる。

我がブロクの記事を振り返れば、昨年は12月13日に初雪、
18、22日はまさに雪国、27日は大雪警報とある。

雪に振り回された昨年だが?
今年も残り一週間、はたして雪無しで過ごせるだろうか?
できればそう願いたいね~。

2006年12月22日 (金)

冬至・ゆず湯に芭蕉画巻

今日は冬至。
冬至といえばゆず湯、湯といえば
やはり「長島温泉・湯あみの島」である。
風呂にはかたちだけの柚子が浮かんでいた、
が・・・今日はその話ではなく、
これも前から気になっていた
食事処「麺料理芭蕉庵」の屏風のことでである。

店内に入ると正面奥の壁際に、
何双か数えてなかったが和紙の屏風がある。
芭蕉庵だけに芭蕉の「奥の細道」が描かれているのは
前から知っていたが、
これが与謝蕪村筆の「奥の細道画巻」からの写し?
とは知らなかった。

本文二箇所、句が5句の画だが、
写真を撮って帰り調べて分かった。
手引書を読んでいながら気が付かないとは
なんともお粗末な話で大反省だ。

写真は本文の一部が入った最初と最後の部分である。
これって客が一組しかいなかったからいいが、
撮るのに結構勇気がいる。

 Dcf_0032 Dcf_0036
左が「那須野」での本文の一部と、
曽良の句「かさねとは八重撫子の名なるべし」、

なかに挟まり「那谷観音」での句
「石山の石より白し秋の風」、
そして「金沢」での句が二句、
「あかあかと日はつれなくも秋の風」と
「塚も動け我が泣く声は秋の風」、

右が「須賀川」での本文の一部と
句「世の人の見付ぬ花や軒の栗」。

以前に係りの人にこの屏風は季節で変えるのか?
と聞いたことがある、答えは”いいえ”。 

句が三句とも「・・・秋の風」だったからつい口に出た。
今にして思えば恥ずかしいかぎりだが、(-_-;) 
そりゃ無理なことだった。

以来、いつも気になっていたが今日の写真で納得である。
「奥の細道画巻」、
現物を見てみたいがこれだけは自分の思うようにわね~。

2006年12月21日 (木)

かめやま美術館

火曜日の休館で見れなかった、かめやま美術館の新春企画展。
浮世絵版画舘「信仰・庶民の”敬い”展」~お伊勢さんを中心に~を
見に行く。

亀山IC近くのドライブイン・亀山宿あんぜん文化村の片隅に、
隠れるように建つ半円型の「富永一朗漫画舘」と
三角形の「浮世絵版画舘」がメインの
こじんまりとした美術館である。

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浮世絵版画展は、美術館の所有する原画が展示されている。

”江戸時代の人びとにとって「信仰」とはなんであったか? 
浮世絵には大山(おおやま)、秋葉山(あきばさん)などを目指す
一行の姿がたくさん描かれています・・・” とパンフにある。

「伊勢太神宮参詣群集図」から「宮川の渡し」、
「東海道四日市・追分」など、
伊勢参りへの浮世絵を中心にしたメイン構成と、
「諸国巡礼の旅人たち」、「巡礼の道中」、
「信仰地の景」との4構成である。

東海道、木曽街道(中山道)に於ける、
巡礼模様を中心にした浮世絵が、
小さな部屋に上手く展示されていて非常に見やすい。
お伊勢参りと同じように盛んだったという金比羅参りや、
僧侶、虚無僧などの巡礼の姿、各街道の宿場の巡礼者の
様子も描かれて多彩だ。

嬉しかったのは東海道も木曽街道も、
直接歩いた宿の絵が多かったこと。
特に中山道愛知川河畔の案内板にあった
「恵智川の図」などは、最近のことなのでよく覚えており、
現物を見たときは余計に嬉しかった。

  1108etigawamusa_54
とにかく浮世絵もいろいろあるな~、というのが実感かな。

併催の富永一朗新作漫画初公開!
漫画集「一朗 花影忍法」原画展。
あの忍者達が駄洒落のタイトルにあわせて
原風景の中で飛び跳ねる。
まさに富永マンガの真骨頂!! 30枚の忍者絵巻である。

色鉛筆のみで描かれた彩色の妙! 
これはこれでまた楽しかった。

2006年12月20日 (水)

遊びごころ

ショッピングセンター「マイカル桑名」の、
バス通りの歩道に置かれているタイル造りの腰掛け?
でいいのかな。
その表面(座るところです)に、
こんな、こどもの遊びが描かれている。

  12200008 12200009

いまさら説明をするまでもない、
子供の頃の懐かしい遊びの絵である。

いまどきの子はこんな遊びをするとは思わないが、
2箇所に2個ずつ4個だけある。

 12200007 12200006 

それぞれタイプの違う四つの遊びが描かれている。
面白いね~、
こういうのは何か郷愁があっていい、大好きだな~!
これを造った人は大いに遊びごころのある人だと
思っておこう。
12200005
ショッピングセンターがオープンしてから
約10年かな?
この椅子?に腰掛けた人は何人いるのか、
と思いつつ写真を撮っていたが
通る人は何も気にもせずに素通りして行った。
不思議な腰掛けの不思議な存在?
ただのオブジェじゃないと思うがそうだったりして?
どちらでもいいけど、いつも楽しくみております。

2006年12月19日 (火)

六道珍皇寺

朝から亀山市内や、菰野を走り廻るドジな話を書いてしまった。
・・・だからというわけではないが京都の続きをもう1つ。

建仁寺から大和大路通を南に下リ、
松原通を東に入ルと西福寺がある。
角に「六道の辻」の石標が立っている。

南に下ルと西国十七番の札所、六波羅蜜寺がある。

     1216kyoto66   1216kyoto68
東に入ルと六道珍皇寺である。

朱色の山門の手前に「六道の辻」の大きな石碑が建つ。

境内にある説明版には
” 地獄の冥宮小野篁(たかむら)の伝説が残る現世と
 冥界の境界に建つ寺。古来化野・蓮台野とともに風葬の
 地として知られていた鳥辺野。門前の松原通は鳥辺野へ
 亡骸を運ぶ通路であり、現世から冥界への入り口であり、
 界隈にはさまざまな伝説が残る ”とある。
人が亡くなると棺に収め鳥野辺への道筋に当たる
珍皇寺で法要を行い、最後の別れをしたという。

松原通を東に行き、東大路通を越えると清水坂である。
ご存知のように真直ぐ先は清水寺の仁王門に突き当たる。
清水寺の南には鳥辺山、北谷、大谷・西大谷墓地、
清水山墓地が広がる。地図をみていると
、まさに葬送の地、鳥辺野の様子が想像できる。

この寺には小野篁が毎夜冥界に通ったといわれる井戸がある。
が、小さい窓から見るだけだでどれなのかよく分からない。
もうひとつ、境内に鐘楼(迎鐘)があるが鐘は外からは見えない。

            1216kyoto71
穴から出ている紐を引っ張ると鐘が鳴るそうだが試さなかった。

六道 =すべての衆生(しゅじょう)が生死を繰り返す六つの世界。
六波羅蜜=菩薩が涅槃(ねはん)の世界に入るために
        修める六つの行。
と、辞書にある。仏語は難しい。

このおぞましい地が、”平家一門隆盛の頃には
その政権の根拠地となり、平家滅亡後は鎌倉幕府の
六波羅探題が置かれた”と・・・、
知れば知るで六波羅の地には何やら不思議なものを感じる?
そんな場所であります。

本日休館日2連発・おまけ付

四日市に行った帰りに、
かめやま美術館浮世絵版画館の「~信仰~庶民の”敬い”展」
に行ったら「本日休館日」。
見たら月・火曜日が休館である。
何で2日間も?仕方がないので歴史博物館のテーマ展示
「亀山と天下人」~豊臣秀吉・徳川家康の足跡~を見ようと
亀山公園の西にある博物館へ行ったらここも休館日ではないか。
こちらは火曜日が休館ださそうである。
確かめずに行った自分が悪いが、
このような類のものは月曜か、水曜が休みだと
ハナから思い込んでいた。

せっかく来たのにこのまま帰るのはシャクだと、
何もないだだっ広い公園を散歩?する。
菖蒲まつり以来だが殺伐としているだけで面白くも何もない。

    Pict0009_2

帰りに菰野のうどん屋に寄ってカレーうどんでも食おうと思い、
着いたら!「本日定休日」。ムム・・・・・! 
今日はいったいドウナッテルの?アホクサくて・・・。
変な半日でした。

2006年12月18日 (月)

日本最古の禅寺・建仁寺

蛸薬師堂から少し北上して本能寺の境内を通り
河原町通りを再び南下する。

何でわざわざ本能寺か?というと、
ここも中まで入ったことがなかったことと、
「信長公廟」を見たかったから。

  1216kyoto30_1  1216kyoto33_1

ムチャ混む河原町通りから四条大橋を渡り、
南座東の大和大路通を南下。
南座はお馴染みの顔見世興行中、あとわずかで千穐楽だ。
しばらくで左に入ると北門傍にJRAのウインズ京都。
なんか場違いなところにある場外馬券売り場だ!

さて「建仁寺」。
” 建仁二年(1202)の開創で、
 寺名は当時の元号から 名づけられている”とある。
日本最古の禅宗の本山で禅の道場だそうだ。
明庵栄西(みようあんようさい)が、土御門天皇の勅願を受け、
源頼家の寄進を受けて建立された。
鎌倉幕府二代将軍源頼家、母はあの北条政子である。

本坊裏の潮音庭。
四方を渡り廊下で囲まれた四方正面の禅庭とある。

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確かにどこから見ても素晴らしい・・が 
人が!! 結局これ。

各部屋も拝観自由。
なかに俵屋宗達筆の「風神雷神図」(国宝)が。
            
なんとも無造作に置かれていたが、ええんかいな~。
  1216kyoto60_1   1216kyoto61_1
方丈前の大雄苑。   
法堂(はっとう)天井画の「双龍図」も凄いが、
(手持ち、フラッシュなし、当然大ボケです)m(__)m
この法堂。
仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」、
明和2年(1765)の上棟だそうで、
正面には
本尊釈迦如来像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られている。
外観も凄い建物ですわ。

本坊を出て逆に三門、勅使門と行く。
有名な観光寺の華やかさはないがさすがに禅の道場。
八百年の歴史と禅の心、しっかりと感じさせていただきました。
初めての建仁寺。京都五山の一つ、納得です。

2006年12月17日 (日)

蛸薬師堂永福寺

「京都 地名の由来を歩く」本に刺激されて、
今までは傍を通っても寄らなかった所や、
行ったことがない寺社を中心に京都を歩いている。

本に出てくる場所や寺社はほとんど知っているし
行ったことがあるが、由来までは知らなかった。
逆に、由来は面白いが行ってみると
なんとも味気ない場所や寺社もある。
それはそれでまた面白いのだが・・・。

今回は「マンガミュージアム」の帰りに
中京区から東山山麓を歩いてみた。

まずは「蛸薬師堂 永福寺」。

   1216kyoto15_11216kyoto14   
新京極通りに面してご覧のように人通りの多い場所にあるが、
ほとんどの人が無関心に通り過ぎる
(かっては自分もその一人だった)。
昔より寺内に一歩踏み入れただけでも、
 蛸薬師如来さまのご加護がある
と言われている
 霊験あらたかなお寺です” と能書きにあるように、
病気平癒や厄難消除に霊験あるお寺だそうです。

永福寺や蛸薬師についての由来を書かないと、
この寺の持つ本当の良さ
が分からないが、
長くなるので興味のある方はぜひこちらのHPで。

写真に見えるだけの小さな、お堂だがいい雰囲気である。
思わず般若心経を唱えてしまった。
そして立派な御朱印もいただく。


とにかく由来を読んでいただくとわかるが、
本のサブタイトルにもあるように、 
~人間的なあまりに人間的な~そんなお寺なのです。

2006年12月16日 (土)

京都国際マンガミュージアム

先月末にオープンした「京都国際マンガミュージアム」に行く。
日本初のマンガの博物館・図書館の機能も兼ね備えた
総合文化施設である。

 1216kyoto03 1216kyoto01
携帯写真なのでよく分からない?ごめんね(ーー;)左が入口。
右が2階のメインギャラリー入口。
撮影は全体は可だが細部はダメ。

後で分かったことを先に言うと、
ここは元小学校後を改築した建物だそうである。
歩くと板張りの床がギシギシと鳴る。これっていいね~。
こんな建物の大部分を残してマンガの世界を造るとは、
憎いね~さすが京都。

昔の学校そのものじゃないですか!。とま~それはそれ。
ミュージアムのオープン企画展は「世界のマンガ展」。

メインギャラリーには日本と東南アジアのマンガ。
第2ギャラリーは北米・ヨーロッパのオリジナルマンガに翻訳マンガ。
第3ギャラリーには風刺マンガ(これは面白い)が展示されている。
他にもいろいろあるが各ギャラリーをつなぐ廊下の壁や
部屋の壁にぎっしりと並ぶマンガ本。
「的場文庫マンガの壁」と説明にあり、
有名な貸本業の方からの寄贈本だそうである。

とにかく飽きないわ!。
今日見た一冊。ビッグコミック創刊号。’68 4月号。
そのなかにあった「佐武と市捕物帖 其の壱 隅田川物語」。

若いころには?途中からしっかりはまり込んだがこれは初めて、
一気に読んだ。
変わらないね~~。正直興奮した。
ここは再入場が可、一日マンガ三昧もまたよろしおますえ。

2006年12月15日 (金)

恵那市・中山道広重美術館

恵那市にある「中山道広重実術舘」に行った。
平成13年9月にオープンしたまだ新しい美術館である。

とても美術館とは思えない、家庭的な雰囲気?
というか、事務所?・・・。

なんだろう?とにかくこじんまりした美術館である。
そんなことはどうでもいいとして、
行われている企画展は木曽街道をめぐる物語
~歌川国芳「木曽街道六十九次之内」を楽しむ~。
がテーマ。

   1215ena03_1 1215ena19
栞から抜粋すると ”この作品は、故事や伝説、歌舞伎、
浄瑠璃など当時の人々によく知られた話の一場面を
中山道の宿場と組み合わせて描きます。”とある。 

ようするに絵と宿場との語呂合わせ、駄洒落である。
館内の写真のように宿場のコマ絵と外題の付いた絵がずらりと並ぶ。
ここは撮影可だがフラッシュはダメで、さすがに手持ちでは厳しい。
一応手振れ補正が付いているので試してみたが、
直写で1/10secを切るとぶれる。やはり印刷には無理かな?。
そんな中から1枚。

1215ena12_1 1215ena13_1
こんな感じで展示されてます(説明は拡大してます)。

結構面白かったが、
残念ながら ~12/24までが第1期で36枚(薮原宿)まで。
残りは来年、1/2日~の第2期に展示されるという。
知らなかった~~。これはまた来なければならんがな。
ちなみに、ここ恵那市は中山道46番目の「大井宿」である。

ここから東に中津川宿、西に大鍬(おおくて)宿がある。
今度はどちらかに歩いて行くか、歩いて来るか?
中山道歩きを入れよう。

2006年12月13日 (水)

朝霧

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朝から霧が立ち込め、一帯は朝霧に包まれました。
6:50 寒い朝、近くの公園での1コマです。

2006年12月12日 (火)

世界のオルゴール展

パラミタミュージアムの小ギャラリーに展示されていた
「世界のオルゴール展」。
入口に「テーブルカリオペ・ベル付」というオルゴールが置かれている。
なにやらひん曲がったようなディスクが乗っかっていて古めかしい。

  1211paramita15  1211paramita14        
説明では”オルゴールと共に10個のベルを打ち鳴らし演奏をする”
とある。
聞かせてもらうと、確かにオルゴールとベルの演奏が実に楽しい!

人もいなかったので係りの人の説明を受けながらいくつかを聞く。
ドラムの回転する一般的なものから、
懐中時計仕様のものなど盛りだくさん。
今はCDみたいな盤を使用するタイプも多いそうだ。

目に付いたこれ。

 1211paramita01 1211paramita04
「レジーナ・ディスク」、
製造が1905年頃でその数50台、税込み714万円。
日本には3台しかないそうで、
”古き良き時代の本当の贅沢が偲ばれる”とあるが、
ほんと、贅沢だね~。
これもひん曲がった円盤だが奏でる音は素晴らしい!

もう一つは手回しの「ストリートオルガン」。

 1211paramita09
係りの人が操作してくれたが、音はまったくオルガンである。
これでもオルゴール? って感じだね。

モーツアルト生誕250周年記念オルゴール」(限定99台)
などもあって、値段的に1ケタも2ケタも違って
とても買える代物ではないが、
本来の展示会を見る前に結構楽しませてもらった。

2006年12月11日 (月)

パラミタミュージアム

三重県菰野にあるパラミタミュージアム。
2003年に開館し、
池田満寿夫の陶彫「般若心経シリーズ」をはじめとする、
多彩なコレクションを中心に展示する美術館である。

今回は、池田満寿夫「般若心経シリーズ」の常設展と、
林康夫展ーオブジェ陶の幻惑ー」の企画展である。
目的はもちろん「般若心経シリーズ」。

”1995年5月に京都大丸で発表された、
「池田満寿夫般若心経の世界展」。
その2年後に彼は突然亡くなリます。
この作品群は縁あって佐藤陽子氏より譲り受け、
「池田満寿夫般若心経の世界展」を再現している”(栞から要約)。

第1,2,3室に心経碑34点、心経碗276点、心経陶板54点など、
他に、佛塔、地蔵、佛画陶板などシリーズ全作品が展示されている。

ここは作品が新しいこともあってか全館撮影可。
ただ、あまり撮りたいとは思わなかったのでめぼしい所だけ撮る。
興味があったのは心経の一文字が入った276の心経碗だった。

 1211paramita18 1211paramita22
碗の文字がよく見えなかったのが残念だったが
(何か方法があったかも?)。
碗に一文字の般若心経が276文字(碗)並ぶ。
見応え?と言うよりへ~?って感じだ。ちょっと失礼かな?
この後、企画展、古萬古コレクションとみていく。

今日のもうひとつの楽しみはパラミタガーデン。
謳い文句は
”敷地原生のケヤキの木陰を、約200種類の鈴鹿の山野草が
彩る1200坪の里山”である。

鈴鹿の山を歩く身としては見逃せないが、
何か詰めすぎ?の感がするな~。
それはそれとして木々も多い。
開館して3年、まだ木も小さいが数がある。
大きくなったらどうなるのか?心配だが、
びっしり植えられている。
もう冬支度で木々も葉を落としているが、
冬は冬、実の物もありました。
縁起物の赤い実(吉祥木だそうです)揃い踏みです。
 
マンリョウ(万両)赤・白
(ボケボケやん!でも載せる,貴重な白です
)。
             
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センリョウ(千両)
、これが一番引き立ちます。さすが千両役者。ん?

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   カラタチバナ(百両)、   ヤブコウジ(十両)。
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一度に見られるのはやはりこういった場所だからでしょうか?
ちょっと複雑でした。

2006年12月 9日 (土)

京都・インクライン

最近読んだ本、
「京都地名の由来を歩く」谷川彰英著にあるインクライン。
我が知識のなさ?、はたまた英語能力の無さか?
この読み方が「イン・クライン(傾斜地)」とは知らなかった。
何の意味かな?とは思いながら何度も通った場所だが、
これはこの本に助けられたな~? 汗顔の至り。
日本語感覚で読めば「インク・ライン」、
恥ずかしながら今までそう思っていた。

しかし、この名が取り上げられるということは、
「インク・ライン」と思っている人が結構いるのかも? 
爺だけじゃないってことだよね?

ちなみにこのインクライン。
「琵琶湖疏水」の工事のなかで、トンネル工事の次に難しかった
水位を解決するためできた(琵琶湖が33m高い)、
船を上げ下げするために建設された傾斜鉄道であるってことは
ご承知のとうり。

ここからは本文どうり。
”工事は五年かかって明治33年(1890)に完成したが、
それ以降インクラインは京都人の意地と先駆性の象徴として、
蹴上の地にその名残りをとどめている。”
「イン・クライン」春の桜の名所です。

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今度は意味を噛みしめてこの傾斜地を歩きます。
この本、いろいろ面白い場所が出てきます。
面白いです。

2006年12月 8日 (金)

京都・泉涌寺

「東寺」の後、東山にある「御寺 泉涌寺」に寄った。

東山三十六峰の一嶺、月輪山の麓に静かにたたずむ泉涌寺。
ひろく「御寺(みてら)」として親しまれている当寺は、・・・・・
パンフの書き出しである。
二度の改名を経て
順徳天皇の御代(建保6年・1218)に月輪大師俊芿が
この地に大伽藍を営み、一角から清水が湧き出たことから
泉涌寺と改めた。ということである。

歴代天皇の山陵がこの地にたくさんあり、
よって皇室の菩提所として篤い信仰をあつめているそうで、
当寺が「みてら」と呼ばれる所以だそうである。
おかげで、
今日も宮様がみえたため「御座所」の公開が中止されていた。

とにかく総門から長い参道を行き、
西国三十三観音の「今熊野観音」への道を分けると大門に出る。
車が走る参道なんてそう無いよ。
大門から下に仏殿が見える。

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重層入母屋造り本瓦、唐様建築の代表作と言うだけに素晴らしい。
内部の鏡天井には狩野探幽筆の龍図が描かれ、
運慶作の釈迦、阿弥陀、弥勒の三尊仏が安置されている。
確かに素人目にも見事なものである。と分かる。
仏殿の裏は舎利殿。
離れた横にこれも見事な霊明殿の檜皮葺の門がある。

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左に廻ると御座所の門、そして本坊入口。
本坊玄関だけ見て帰らねばならぬとは・・・ 
と思いつつ写真を撮っていたら、
思わぬハプニングがあり、撮れた写真がこれ!。

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「御座所」玄関である。菊のご紋の幕が巻かれていた。
今日は特別の日で、拝観中止の理由である。
何か得した気分になる。

帰りになにげなく立ち寄った、
来迎院・布袋尊(今熊野に行く途中の右)。
荒神堂の石段脇にあった一本のモミジ。
あれば撮るでつい数枚。

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裏から見た紅葉も素晴らしかったが、
小細工無しで正面からです。
これが最後だぞ!といわんばかりに、
これもまた見事な紅葉でした。

2006年12月 7日 (木)

京都・東寺から羅城門跡

京都東寺。
京都駅の南に出ることはほとんどなかったが、
やはりこちらは裏口の感がある。
八条西口から西に1キロほど行くと東寺の東門に出る。
左手に国宝・五重塔がみえるが、
実際にみるとやはり大きいね。

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時間が悪かったのか団体客(学生か?)のバスが凄く、
人が多いので先に食堂で御朱印をいただく。

ここは本尊が千手観音像だが、
”昭和5年12月21日(終い弘法)の失火で焼損、
大破したものの、昭和43年に修理が完了し、
現在は宝物舘に安置されている・・・”と説明にある。
現在は昭和9年に像立された十一面観音像が 本尊である。
ここまでは無料。

ここから鉄柵で囲まれた有料区域の境内に入る。
まずは講堂。
今日の目的はここの立体曼荼羅を見たかったのです。
も~~~凄い!。
堂内の白亜の壇上には、正面の大日如来を中心に五体。
右に菩薩が五体、左に明王が五体。さらに四方を多聞天、
持国天、広目天、増長天、梵天、帝釈天が固めている。

素人の身ではなんとも表現できないが、
とにかく凄いの一言。
国宝15体、重文五体、まさに驚異である

続く金堂。

     1206tojisennyu33
本尊の薬師如来像と日光、月光の両脇侍菩薩像、
台座の周囲には十二神将像が配置されている。
これだけの宝物が拝観自由、これもまた驚きである。
ゆっくり境内を散策した後、西院の太師堂、大日堂と廻る。

南大門から九条通りに出て西に少し歩き、
羅城門のバス停先で小路に入る。
小さな児童公園に鉄柵に囲まれて一本の石柱が立っている。

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「羅城門遺址」の文字が、
かっての朱雀大路の南に建つ羅城門の名残り?
かってはここから北に朱雀大路が真直ぐに伸び、
右に東寺、左に西寺がそびえて広大な平安京の入口であったが、
今はその面影を偲ぶものもない。
せっかくなので近くの西寺跡に寄る。

さらに西に行くと、唐橋小学校の裏?にある児童公園の中央、
小高い所に「史跡西寺趾」の石柱が立つていた。
 
     1206tojisennyu48
公園傍の説明板には、
東寺と比しても劣らぬ規模であったとあるが、
なぜか早々に衰え焼失し、復興もならず地中に埋もれたとある。
帰る途中にその北側の東寺西門通りを歩いたら、
西寺の遺跡跡を示す標識が随所に見られた。

京都・東寺と西寺、そして羅城門。
栄枯盛衰、時がもたらすものは何故か厳しく、また空しい。

お詫び: つい最近まで羅生門で記載していましたが
      羅城門が正しく訂正いたしました。
      思い込みの強さ・・・といいますか?
      大いに反省しています。(-_-;)   

2006年12月 4日 (月)

中山道・太田宿

中山道・うとう峠から太田宿を歩いたが、
肝心の宿内を紹介しなかった。
あの、実もたわわな銀杏の木がある太田小学校の先で、
国道41号の高架をくぐって左に、
次を右と曲がるがそこが下町の枡形。
右に曲がる角に道標がある。
「右 関上有知 左 西京伊勢」。
前に高札場跡の立看板がある。

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静かな宿の通りを行くと、
花などが飾られた小奇麗な酒屋さんがあった。
左に「中山道太田宿・・・」の灯篭型行灯、
右の赤い旧型ポストが店によく似合う。

少し先に残る本陣門跡。
一間の薬医門(本柱が門の中心線から前方に置かれている門)で、
両袖に半間の塀が付く。

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この前が太田宿中山道会館。
そしてその隣が旧大田脇本陣林家住宅。
格子戸に連子造りの窓。うだつ屋根、
真ん中に長屋門の立派な建物である。

もらったパンフでは「明治15年4月4日に、
板垣退助がここに宿泊し、
翌朝、岐阜に赴いて暴漢に襲われたことはあまりにも有名・・・」。
とあるが、ここに泊まった?
なんってことはまったく知らなんだね~。
今は建物の一部である「隠居家」が公開されている。

  1202oota_051_1  
旧吉田屋住宅(小松屋)や土蔵造りの風土舎など、
古い建物が町並みによく似合っていい。

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              すぐ傍が祐泉寺(山門は右手の川側にある)。
              境内には芭蕉句碑の他にも北原白秋歌碑、
              坪内逍遥歌碑などが建ち並ぶ。

祐泉寺横を左、右と折れる。ここが上町の枡形である。
この先で旧道は右に折れるが、
もらった地図を見ても曲る場所が分らなかった。
適当に川側に出て堤防を行く。

大田橋手前で川原?に下りると
石畳の道が残る「太田の渡し」跡である。
「木曽のかけはし大田の渡し、碓氷峠がなくばよい」と
うたわれたように、木曽川越えの難所だった。
とパンフにある。

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確かに「日本ライン下り」の
舟乗り場は、この太田橋の
上側にある。
木曽川は満々と水を湛えて、
まさに悠然と流れていた。

2006年12月 2日 (土)

中山道・鵜沼から太田宿

歩き出すと何やら無性に次を求めて、
ついふらりと歩きに出る。
前に歩いた中山道芭蕉句碑めぐり。
芭蕉が歩いたように、
中山道逆歩きの鵜沼から太田宿へうとう峠を越える。

いきなり道を外し、鵜沼の森に迷い込む。
一汗かいて展望台に出れば中山道とは関係なし。
旧道ははるか下にあるとのこと。
ここはこの森を楽しんだことにしよう。
正直、本来の街道歩きならこれは大誤算 、
今日は一宿間の歩きだけに気楽だ。

旧道に戻ってうとう峠入口に出たら後は下るのみ。
これはかなり拍子抜けのうとう峠にガッカリする。

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入口と出口。江戸から来れば逆になる。
”当たり前田のクラッカー”古いね!。
この後はつまらない国道歩きが続く。
木曽川堤防も工事で歩けず。
国道、堤防行きつ戻りつしながら太田宿へ。

宿手前の芳春寺の銀杏に凄いな~と感心して行った先の、
太田小学校の大銀杏にたわわに実るギンナンですわ~~~
初めてです。わたしゃこんなの。
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愛知県の祖父江辺りは銀杏が有名だがこんなのが普通かね~?
いや~びっくりしたな~。
あまり気持ちが悪い?ので気分治しに黄葉を。やはりあれば撮る。
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まあ、綺麗というより大きな銀杏か?
本陣の門、脇本陣の重厚な屋敷をみて祐泉寺の芭蕉句碑。
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今日の目的でした。
句は「春なれや なもなき山の 朝がすみ」
貞享二年(1685)「野ざらし紀行」の吟でここには関係ない。
右は境内に咲く菖蒲(誤り→杜若)です。
まだ蕾もありました?なんなんでしょうか?
半年遅れです。作り物に旬はないのですかね~。

ここから太田の渡し跡に行き、JR美濃太田駅に戻る。
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今日の実ものは銀杏で充分なんですが、
それはそれ、街道沿いで見つけた万両。
民家の庭先に咲く、赤と白の
揃い踏みです。
これは造られなければ見れません。
今日の一コマでした。

2006年12月 1日 (金)

奈良・春日原始林遊歩道

しばらく歩いていなかったこともあり、
紅葉めぐりもこれで終りと思いつつ、
歩きも兼ねて奈良の春日原始林遊歩道を周回する。

かなり期待した遊歩道の紅葉。
今年はまったく期待はずれで色付きも悪い。
とても載せれる写真もないと思いながら
撮ったそこそこの綺麗なのを2枚。

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本当ならこんな紅葉が遊歩道に続くはずだが?
なんと数箇所しかなかった。
いや~紅葉って時期が本当に難しいわ(いつもの言葉)。

紅葉はあきらめてここからは森林浴のハイキングにする。
奥山ドライブウェーを若草山へ。
山頂を見て遊歩道を麓に下りる。
下りた辺りは凄い紅葉でまさに今が見頃だ。
これはちょっと予想外だった。

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奈良公園もまだまだ見頃!で、想定外の?散り銀杏も綺麗。
これはちょっとしたもうけだね。

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冬桜、鹿と、
写真は載せてはいないが十分楽しませてもらった奈良公園。

    最後はまた、遊び心で撮りました。
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    散り落ちたモミジ葉。

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    散り急ぐモミジ葉。

踏まれるか、屋根で朽ちるか?
最後まで赤く、黄みは美しい。

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