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2006年10月 8日 (日)

東京深川界隈

伊賀上野の芭蕉記念館に刺激されて、
思いを残したままだった東京江東区の芭蕉記念館に出かけた。

「おくの細道」に旅立つ日の朝に立寄った記念館だが、
そのときは朝早くてどこも見学できず早々に千住を出発したが、
今日はゆっくりと昼過ぎに着く。

以来四年ぶりの芭蕉記念館の前に立つ。

1008fukagawa006記念館前の芭蕉の木に
花が咲いていた。

見える筒状の実?は額。
これが順次開いて
長くなる。 



それが分館の庭?にあった。

1008fukagawa014






蛇腹のように伸びている。
花は開いた額の根元に種のように巻いている。
面白いね~。


話は芭蕉の木ではなく松尾芭蕉。
この記念館は小さい館だがきれいな展示室である。
多くはないが途絶える事なく人が訪れている。
隅田川の河畔から分館に行き芭蕉像 を撮る。

1008fukagawa011HPに使いたかった写真だが
やっと撮れた。
ここから清澄庭園に行く。
何とも立派な庭園だ。




奥の一角に「古池や蛙飛込む水の音」の句碑がある。
ここには関係がないが芭蕉庵から移されたそうである。

1008fukagawa026公園の南東、海辺橋袂にある採茶庵跡、
1008fukagawa028ここが芭蕉のおくの細道
旅立ちの場所である。
四年前はここには
寄らずに千住へ向った。

芭蕉を訪ねての深川界隈散策。





早速? HP→爺家の「気ままに歩くおくの細道」
第一日目をリニューアルせねば。

芭蕉に関係ないが、
少し北に上がった高橋(たかばし)袂の北角に、
二代目中村芝翫宅跡がある。
天保のころこの地に住んでいたため、
小名木川に面したこの辺りは芝翫河岸と呼ばれていたそうである。
天保2年(1831)に江戸の中村座で「六歌仙」を演じた時、
喜撰法師の歌詞をひねって「我が庵は芝居の辰巳常盤町、
而も浮世を放れ里」と付近の様子をおりこんだと解説にある。

芭蕉から150年?後には歌舞伎役者も住んでいた深川。
今日も大勢の人たちがこの界隈を散策していた。(自分も?)

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