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2006年8月15日 (火)

竹内街道と芭蕉綿弓塚

堺市大小路から竹内峠を越え、
當麻町の長尾神社まで約27キロの竹内街道。
短い街道だがはるか推古天皇が西暦613年に作った
「大道」が起源とされる日本最古の官道(国道)である。

竹内集落は芭蕉と「野ざらし紀行」をともにした
千里の故郷でもあり、芭蕉「綿弓塚」がある村。
暑いけど思い切って出かける。

Pict0001_2近鉄南大阪線「上ノ太子駅」駅前に
「竹内街道」の石碑がある。
駅前の道が竹内街道。
しばらく国道を行き、赤坂町で旧道に入る。





Pict0009_3道はカラー舗装された集落の街道を行く。
六枚橋バス停を過ぎて道はゆるやかに登っていく。
孝徳天皇陵の道標をみてさらに登ると
「竹内街道歴史資料館」があるが今日は休館日。
すぐ先の道の駅で「力餅」を買い昼食に備える。
道は国道166号に合流し竹内峠へと登っていく。

峠手前の「万葉の森」。
二上山への登山道があるが今日はパス。
真直ぐ峠へ。


Pict0019閉鎖された道を行くと峠の国境に
三基の碑が建つ。

左に「鶯の関跡」碑。
「鶯の関跡」を見るのは二度目だ。
一度目は「奥の細道」で歩いた南条の
「鶯の関跡」。


道はここから下りに入り、展望台横から旧道へ。
杉並木の中、横を抜けて旧道は再び国道へ。

 

Pict0033 すぐに、竹内集落に入る。
大和造の家が建ち並ぶ集落を行くと
「芭蕉ゆかりの綿弓塚」がある。
ここは「野ざらし紀行」で芭蕉に同行した
千里の里。




「大和の国に行脚して、葛下の郡竹の内と云處、
 彼ちりが旧里なれば・・・わた弓や琵琶になぐさむ竹のおく 」
と「野ざらし紀行」にある。

Pict0039

その綿弓塚。
右側面に「綿弓や琵琶に慰む竹の奥」が
刻まれている。
傍には千里の
「深川や芭蕉を富士に預け行く」の句碑もある。
ここは司馬遼太郎が
幼少のころ暮らしたところでもあるそうだ。



少し先に地蔵堂。傍らに「左たいま道」の道標。
芭蕉も當麻寺には二度訪れている。

二上山にはいけなかったがここはつい寄り道をする。
ここにも芭蕉の句碑があるはずだが、
今日は本堂にお参りするだけ。

Pict0064街道に戻りバイパスをわたると
長尾街道の追分。
直進するとすぐに長尾神社の横、
竹内街道の終点に着く。

わずか26キロの街道だが
この8キロに凝縮された竹内街道。


満足の街道歩きでした。

詳細=竹内街道 上ノ太子から磐城

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