岐阜市の芭蕉句碑
芭蕉は、貞享5年(元禄元年・1688)の6月から7月にかけ
岐阜に滞在している。
この間1ケ月近くを妙照寺で過ごしたとされ、
長良川の鵜飼見物などして数句を残している。
JR岐阜駅から
「御鮨街道?(と案内板にある)」を歩き長良川河畔へ句碑を訪ねた。
道順で句碑を拾っていく。
最初は伊奈波神社。
正面入口広場の右隅に、
唐獅子の台座上に円筒の
「芭蕉翁碑」。
裏に「山かげや身を養はむ瓜ばたけ」。
碑は4段に折れて修復の痕が痛々しい。
最近修復されたとのことである。
国道256号に出て、岐阜公園に向う右手に
芭蕉が滞在した円照寺がある。
本堂手前の境内に
「やどりせむあかざの杖となる日まで」の句碑が建つ。
ここに着いたときの挨拶句である。ここから岐阜公園を行くと、
三重塔下に
「城跡や古井の清水先とはむ」がある。
金華山登山コースに入る手前で案内板もなく少し分かりにくい。
公園を抜けて長良橋の袂。
南詰め小公園の角に
「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」の碑。
橋下をくぐるとホテル十八楼。
ここに「このあたりめにみゆるものは皆凉し」の句碑がある。
フロントに案内を請うと今日は工事中で見れないとのこと。
明日ならといわれても?
芭蕉十八楼記で有名だがいたしかたあるまい。
ここだけはどうしてもみたかった!残念だがあきらめる。
長良橋を渡ると右に神明神社がある。
川面に面して「又たくひながらの川の鮎なます」。
長良川によくあう句だ。
北に少し行くと法久寺。
立派お寺の境内左隅に
「芭蕉翁」の碑。
右側面に判読できないが
「夏来てもただひとつはの一葉哉」が
刻まれているとある。
句碑巡りを終えて川向こうに
岐阜城をみる。
当然行かなければ。
いくつかの登り道があるが百曲道から
一番親しまれているといわれる七曲コースを歩く。
初めて登る金華山。
岐阜城天守閣からみる長良橋。
そこに芭蕉の足跡が重なって見えた。
« 鳳来寺の芭蕉句碑 | トップページ | 郡上八幡散策 »
「歩く・芭蕉」カテゴリの記事
- 鹿島詣(2012.07.26)
- 芭蕉更科紀行・善光寺(2008.06.05)
- 芭蕉更科紀行・続信濃路(2008.06.03)
- 芭蕉更級紀行・信濃路(2008.05.30)
- 芭蕉を歩く・中山道木曽路(2008.05.28)
« 鳳来寺の芭蕉句碑 | トップページ | 郡上八幡散策 »
コメント