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2005年10月14日 (金)

美濃赤坂界隈

「奥の細道」を終えた芭蕉が大垣滞在中に、
美濃の赤坂虚空蔵に行っている。
大垣市の「むすびの地記念館」のパンフレットには、
美濃赤坂界隈にある四か所の関連碑の場所が記されている。

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東海道線の新快速で大垣駅へ。
もう一つの東海道線で二つ目の終着駅
美濃赤坂駅に着く。
中仙道赤坂宿である。


駅から北に800メートルほど行くと
法泉寺がある。

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山門の右手に芭蕉句碑
「草臥れてやどかる頃や藤の花」(笈の小文)がある。

今日の目的である明星輪寺(赤坂虚空蔵)に向う。
山一つ廻り込んで「こくぞうさん」への山道を行く。
石灰工場の砕石で半分削り取られた道を登る?。
かなりの急坂だ。
道端のコスモス越しに見える町並みははるか下界にある
(ちょっとオーバーかな!)。
久しぶりに登山をしているようで汗がしたたり落ち、
息があがりそうだ。
表参道口からさらに急坂を登りようやく境内に着く。

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「日本三尊佛随一」と刻まれた石柱の先、
山門の手前左の木立のなかに句碑が建つ。


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「はとのこえみにしみわたるいわとかな」
(鳩の声身に入わたる岩戸哉)。


肩に 「赤坂の虚空蔵にて 
八月二十八日 奥の院 はせを」とあり、
ここに詣でて詠んだ句である。

入り母屋造りの格式ある本堂の横に大きな岩が見える。
「名勝金生山岩巣公園」の石柱が建つ。
無数の奇岩、怪石が群立する自然岩公園とある。

急坂を下りて町中に戻り中仙道を少し歩き、赤坂から昼飯(ひるい)、
青墓と珍しい名の町を歩いて「青少年憩いの森」に行く。
「憩いの森」には遊歩道が整備され山を一周できる
ハイキングコースになっている。
表参道と書かれた入口から少し行くと山道に入る。
ここは元円興寺跡への参道で、
現在の円興寺は山の麓の西側に新しく建てられたとある。
遊歩道をくもの巣を払いながら喘ぎ喘ぎ登ると、
山頂近くに旧円興寺の跡が残る。

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説明板の左手横に句碑がある。
句は「苔埋む蔦のうつつの念仏哉」で貞享元年、
元円興寺の源朝長の墓に参ったときの句とある。
朝長の墓を見て道を引き返す。


帰りは美濃国分寺跡を見る。
広大な跡地の傍にある「美濃国分寺」の境内。

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本堂左手に「芭蕉翁」の翁碑があった。

 

帰りは中山道を歩いて赤坂に戻る。
中仙道赤坂宿を散策する。

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赤坂港跡


旧道に残る「兜塚」、「脇本陣跡」、
「本陣跡」、
「赤坂港跡」など見ながら
赤坂港跡からバスで大垣に出る。

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