2008年7月 3日 (木)

大豊神社・京都市

少し古くなりましたが「夏越大祓え」(6月30日)の朝に、
「大豊(おおとよ)神社」(京都市左京区鹿ケ谷)を訪れました。

おなじみの哲学の道から大豊橋を少し入った所にあります。
四季の花が見られる神社ですが・・・。

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この日の目的はこちら、順番に見て行きます。

まずは手水舎、これが「椿ケ峰の御神水」です。

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あの「城南宮」の手水舎もそうでしたがここも湧水でしょうか。

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こじんまりとした本殿、
元々は後ろにある椿ケ峰をご神体とした椿ケ峰神社だったとか。
少彦名命(スクナヒコナノミコト)、応神天皇、菅原道真公が
合祀されています・・・と、まぁここまでは普通の神社です。

本殿の向かって左側にありますこちら。

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向かって右に「日吉社」、左に「愛宕社」の小さな社、
その前にあるのが「狛鳶」と「狛猿」でした。

そして本殿右にある「大国社」です。

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縁結びの神・大国主命(オオクニヌシノミコト)を祀ります。

その前に鎮座するのが「狛鼠」です。
何で狛鼠かと言えば・・・やはり「古事記」の話、神話の世界です。

超簡単に言ってしまえば、”大国主命が野原に放たれた火によって
逃げ場を失い絶体絶命に!
その時鼠が現れて救われる・・・” というもの、でネズミです。

こじんまりとした神社ですが、なんともユーモラスな「狛鳶」、「狛猿」
そして「狛鼠」の鎮座する「大豊神社」でした。

またこの「日吉社」に続く参道(細い道ですが)には椿の木が
たくさん植えられていて椿の名所でもあるようです。

こちらはオマケです。

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帰り道で見たサボテンの花?
もちろん民家の軒先にある鉢物でしたがびっくりです、 
こんな咲き方もあるんですね。

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2008年7月 2日 (水)

伊吹花図鑑・ジョイ伊吹

夏の伊吹山にはまだ早いと思いながら、花の様子も見たくて
行ったのは伊吹薬草の里(ジョイ伊吹)の薬草園でした。

伊吹山のお花畑で咲く夏の花たちをひと足早く見ることができます。
この日もかなりの花が咲いていました。  camera 7月1日

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伊吹を代表する花、イブキジャコウソウですが満開です。
この様子じゃ山頂お花畑でタイミングよく見れるかどうか?

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トモエソウ

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ルリトラノオ、葉が対生です。

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仲間のクガイソウ、こちらは葉が輪生です。

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ミヤマトウキ(イブキトウキ)

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アキノキリンソウですが、チョッと早すぎますねぇ。

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エゾフウロと名札にはありました。
チョッと色と花弁の先の3浅裂が気になって、
私的にはどう見てもイブキフウロにも見えるんですが?

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キンミズヒキ、これからですかね?

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イブキトラノオです。

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ユウスゲ、これもこれからです。

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カワラナデシコ

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コオニユリ

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クルマバナ

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ヒヨドリバナもこれからです。

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カワラマツバ、お花畑にはキバナノカワラマツバもあります。

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そしてメタカラコウです。
お花畑の優占種で、これから一斉に開花して山を彩ります。

写真ばかり並べましたが、結構咲いていました!
梅雨が明けたら山頂のお花畑も賑やかになることでしょう。
1年経つと花の名前も忘れます!
名前の確認も兼ねて下調べのような伊吹の里薬草園でした。^^;

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2008年7月 1日 (火)

城南宮・神苑そのⅡ

城南宮、神苑の続きです。
一旦外に出てから参道を横切り南側のゾーンに入ります。

いきなり「室町の庭」(池泉回遊式黄金期の庭)です。

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細かく撮っていませんが、
この日はちょうど庭師さんが入っていて修理?なのか
正面で手入れの作業中で^^;写真にはチョッと。

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茶室「楽水軒」の前にはある見事な池庭には風格のある
石組みが配されています。

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茶室の反対側には緑が広がる明るい「桃山の庭」となっています。
広々とした芝生が太平洋、点在する岩が小島を表わしているとも
いわれ見る人によって姿が変わるとか・・・。

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桃山の庭と室町の庭を反対側から見ています。

そして裏側に回りこんで出たところが
「城南離宮の庭」(離宮時代の建築部を石組で表現した模型庭園)
でした。

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枯山水庭園。
砂利の部分が離宮の池を、緑(龍の髭)の部分が陸地を。

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そして石組が殿舎だそうです。

とにかく広い庭です。
二部構成で一挙連続アップしましたが、
それぞれに趣の違った五つの庭でした。
総じて、「神苑 源氏物語 花の庭」という・・・堪能しました。

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城南宮・神苑そのⅠ

京都城南宮、「夏越大祓え」の神事のあとは神苑でした。

その前に、ここには延命水といわれる「菊水若水」があります。

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拝殿入口にある赤い鳥居の傍の手水舎がそれです。

”病気平癒の霊験あらたかで、お百度を踏んで水を持ち帰り
病人に授ける習慣があった。また奈良のお水取りの水は
若狭の国からこの菊水若水の井を経て二月堂の若狭井に
達していると伝えられる” と説明にあります。

さて、神苑(楽水苑)ですが、ここには社殿を取り囲むように
「春の山」、「平安の庭」が、そして南側に「室町の庭」、「桃山の庭」
そして「城南離宮の庭」の五つの庭があり、いたるところに
源氏物語に登場す植物が植栽されていて、「源氏物語花の庭」とも
言われています。

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その「春の山」。
先に禊の人形を流した小川から庭は始まっていますが、
巡っていきますと・・・。

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それぞれの花木に関する源氏物語の”・・・巻”と、
そのくだりの一文が書かれた札が立っています。

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これはベニバナ。

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そして「平安の庭」(自然を取り込んだ初期の庭)へと
入って行きます。

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北と南側からの眺めです。

そして”曲水の宴遣水”へと道は続きます。

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社殿を回って一周しました。

二つの庭を見てから一旦外に出て、
境内南側にあります残り3苑に入るんですが、
この続きは第二部としてこのあと連続アップします。

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2008年6月30日 (月)

夏越大祓え・京都城南宮

今日は各地の神社で行なわれる「夏越大祓え」の日でした。

そうなんです、もう半年が過ぎてしまいました!早いもんです。
今までこんな行事に出かけようとも思っていませんでしたが、
なぜか今年は感慨深いものがありましてふとその気にshine

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こちらは平安神宮の神門の茅の輪です。

別にここを選んだわけではありません。
その場所、いや神社をどこにするか迷いに迷い!ましたが、
結局は初めて訪れる京都の「城南宮」でした。^^sweat01

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「夏越の大祓え」は日本古来の風習だそうで、
この半年の間に知らず知らずのうちに身についた罪や汚れを
祓い捨て、心身を清めて残り半年間の無病息災を祈願するという。

神事が執り行われたあと参列者は本殿前に造られた
茅の輪をくぐり抜けます。
そして人形(ひとがた)を禊(みそぎ)の小川に流します・・・と。

その前に我が身も茅の輪をくぐり、己の罪と汚れた心を祓い心身を清め、
人形の禊流しを済ませました。

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輪を左にくぐり、次に右へ、そしてもう一度輪をくぐります。
難しい呪文もありますが、そんなもんとても分かりません。

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そして紙の人形に名前と年齢を書きます。
左、右と自分の身にあて、ふ~と息をかけます。

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禊流し・・・、どこの方か知りませんでしたが失礼しました。

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そして我が人形(ひとがた)が流れていきます。sweat01
禊の小川に流して残り半年が無病息災、
この半年の幸せが続きますようにと・・・祈願しました。

これで罪と汚れは祓われたては思ってもいませんが、
とにかく残りの半年も前半のような幸せな日々が続くようにと・・・
そっと祈ってきました。

そして15:00 神事の始まりです。

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受付に参加者が続々と訪れます。

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神官が集まり神事開始です。
そして茅の輪くぐりへ。

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この後神殿を回ってもう一度”茅の輪”をくぐって禊流しの小川に
向かいます。

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「夏越の大祓え」。
決して楽しみだけに来たわけではありませんが、
これが日本古来の風習の神事でした。

大晦日の”大祓え”は実感します。
この「夏越大祓え」はどう感じていいのか?
まだまだ知らない世界があることを知りました。

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2008年6月29日 (日)

野間灯台と野間大坊

知多半島、花の次は景観と歴史の美浜町野間でした。

豊丘から知多半島の西側を走る国道247号線に出ます。
内海から北上して小野浦に入ると国道沿いにある「野間崎灯台」。

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ドライブコースのワンポイントスポット。
恋人同士の憩いの場、そして伊勢湾の夕焼けが美しい灯台として
有名なところだそうですが、
残念ながら夕日に映える灯台は今だかって見ていません。^^;

    Nomat2
”知多半島唯一の沿岸灯台として大正10年(1921)の
3月に点灯以来、・・(中略)・・全国の灯台フアンに親しまれている
灯台です。”と案内板にありました。

美浜の野間といえばもう一つ有名なのが「野間大坊」です。

知多四国八十八ヶ所の51番札所ですが、
同じ境内にあるのが50番札所の「大御堂寺」。

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左の大門は源義朝(頼朝の父)建立との伝承があります。

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正式には「鶴林山無量寿院大御堂寺」、歴史のある古刹です。

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こちらは鐘楼堂。
梵鐘は鎌倉5代将軍頼嗣の寄進に寄るもので、
建長2年(1250)の銘があるそうですが国重文です。

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そしてこちらが「野間大坊」本殿、知多四国の51番札所です。
桃山城本殿を移したといわれる客殿は県指定の重文です。

野間はまた平家に破れた「源義朝」が東に落延びる途中に、
この地の長田父子の策略によってその命を落としたところで、
寺内にはその「首洗い池」と「墓所」があります。

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謀殺された義朝のくびを洗ったとされる「血池」。

殺された時、浴室で裸だった義朝が
”我に小太刀の一本なりともあれば”と無念の言葉を残して
最後を遂げたという伝えられています。

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その小太刀が多く献じられている「義朝の墓所」です。

ちなみに、この傍の49番札所「安養院」は、
天正十一年(1583)羽柴秀吉に岐阜城を追われた織田信孝が
自害したところでもあります・・・。

野間灯台と野間大坊、
美浜町野間の景観スポットと、まさに歴史が息吹くスポットを
ぶらり旅でした。     camera 6月27日

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2008年6月28日 (土)

ひまわり

花を巡って知多半島を走ります。
コスモスの次は夏?の花に戻って”ひまわり”でした。sweat01

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南知多町豊丘にある観光農園「花ひろば」です。
20万本のひまわりを6回に渡って順次咲かせていくそうですが、
写真のようにその畑の様子がよく分かります。

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その一番手の”ひまわり”が咲き競う様はまさに圧巻です。
   
  Himawari3_2
          Himawari31

この日は生憎の曇り空で陽射しを待っての撮影でしたが、
それもなかなかままならず!
”できれば抜けるような青空の中でこのひまわり畑を撮りたかった”
というのがホンネでした。

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観光用に植えられたひまわり畑なので土産は花!
もちろん本数制限がありますが、
目の前でこのひまわりを切り取っていきます。

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なんだかもったいないというか、ひまわりの数が減る?
いいえ、20万本のうちの数千本です、目立ちません。^^;

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まだ開いていないのもたくさん混じりますから当然計算の上です。
これからもどんどん花開いてきます。

コスモスにひまわりと、
ひと足早く知多半島に季節の花先取りの一日でした。 
camera 6月27

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2008年6月27日 (金)

梅雨空にもう秋か!

毎度の新聞ネタでぶらり旅。
少し時間が経っていたので心配でしたが、
天気予報を信じて梅雨空の中を知多半島に花見物です。

花はまだけなげに咲いていてくれました。

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どこかのお嬢さん!チョッと失礼しました。

梅雨空に秋色!早咲きのコスモスです。
特には4月からでも咲く早咲きもあり珍しくはないんですが、
こぼれた種から咲き始めたと記事にありましたが、
これだけまとまって咲いていると見ていても綺麗です。

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美浜町豊丘の観光施設「美浜ナチュラル村」、
その海の見える丘にある畑でした。

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天気予報も今回は大当たりで!(翻弄されます^^;)
時おり陽も射す絶好の天気にいったいどうなっているんでしょうね。

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撮る身としては非常に嬉しいんですが・・・、
正直言いますと花はびっしりと咲いてはいません。
蕾みも多く見られ、少しまばらに感じましたがまだこれからかも。sweat01

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それでアップに逃げていますが、それでも十分楽しめました。
上のサムネイル写真、少しサイズが違いますが左がこのカメラの
最大画像サイズ、右がフィルムカメラと同じものです。
敢えてそのままにしました、念のため!

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このところ花のネタもなかったので、
久しぶりに自分も楽しみながらの花の撮影でした。

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帰り道にあった「再開の門」、
次は何に再開させてくれるのでしょうか?
ここも何度も前を通りながら通り過ぎていたところでした。

知多半島の花見物、次は秋から夏へ!逆戻りです。

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2008年6月26日 (木)

大阪ワッハホール

今日は大阪のワッハホールに片岡我當一門勉強会の
「ときわ会」を観に行きましたが、もちろん初体験の舞台です。

舞台についてはとてもまだ記事にする知識などなく
ご勘弁いただくとして、
7才という和田祥太朗君の「羽根の禿」の踊りに思わず拍手!
こういう若い子たちが歌舞伎を継いでいくのかと思うと、
歌舞伎ファンならずとも頼もしく思います。

で、その前に立ち寄った「長居植物園」です。

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Nagai2

珍しい花「ジャカランダ」が初めて咲いたということだったんですが、
こちら→植物園のブログです。

結局受付で聞いても分からぬままであきらめて、
つまらん花?それはないですかね^^;を撮ることになりました。

まずはハス池なんですが、
ここまで来てハスもないだろうと他に回ります。

で、選んだのがここ「ヘメロカリス園」。

Hemero1
Hemero2
カラフルなんですが?しかし何か撮りたいという気がしなくて。

結局花は撮ったんですがイマイチ普通の花。
仕方なく最後はこの花です。

Yamamomoso 
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ヤマモモソウ(別名ハクチョウソウ)です。
冴えない長居植物園でしたが、まぁ、こんなもんですかね。

植物園の花にはまさに外されましたがそれはそれで、
今日はワッハホールの舞台に咲く美しい華に酔った一日でした。

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2008年6月25日 (水)

東海道・掛川から見附

京街道の最終部分を残したままこの日は東海道でした。
こちらも虫食いのように勝手気ままに歩いていますが、
今回は掛川から見附(磐田)までです。

今にも降りだしそうな曇り空でしたが昼頃には晴れ間も出て
快適な街道歩きです。
芭蕉を追って歩いた島田、金谷、日坂、掛川と歩いた続きで
ここからは次が袋井宿です。

街道筋にはいろんな見所もあるんですが、
通じていえるのは「一里塚跡」、宿の「本陣・脇本陣跡」、
神社・仏閣に道標などで、歩いている身には楽しいんですが・・・。
これを記事にしてもなんも面白くないですわね。^^;

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その袋井宿の案内板です。
東海道の27番目の宿になりちょうど真ん中ということで
ご覧の”どまん中”が謳い文句になっています。
歩いていると徹底して”どまん中”の文字に出会います。

ちなみに距離的なまん中は次の見附と浜松の中間辺りになります。

とまぁ、講釈はこれぐらいにして、今回の見どころはこちらです。

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見附宿の本陣跡の傍に建つ白亜の洋館、
明治8年(1875)に建てられた旧見附学校で、
現存する日本最古の洋風疑木造建築小学校校舎(国史跡)。
建物は屋上に二層の楼が重ねられ三階二層の造りです。


現在は郷土・教育資料館として、教育関係の資料を中心に
展示されています。

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その一階部分には明治期の授業風景や校長室が再現され、
教育関係の資料が展示されています

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二階には帰宅後の子供の読書の様子が再現され、
当時の学用品や遊び用具の品々が展示されていました。

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いずれも我が身としては経験のある懐かしい遊びの品々です。

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究極の遊びでした、輪ころがし!やりましたねぇ。

そして3階は郷土資料が並びます。

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3階全体が郷土資料舘となっていて、明治、大正時代に使われた
日用道具が中心に展示されています。

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さらに上にある楼、4階に当たりますが展望を兼ねた休憩所?
でしょうか。

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そして最上階の展望階ですが、さすがに狭く感じます。
四方を見渡せますが、

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磐田市の市街地・磐田駅方面(南)です。

姫街道(見附から御油赤坂まで)との追分がある見附宿。
いつか姫街道を歩くためにもここだけはどうしても歩いておきたい、
そんな気持ちで来ましたが、街道歩きでこんな寄り道をしたことは
あまりありません。

今回は先を急ぐ歩き旅でもなく、のんびりと観光気分で歩いた
楽しい旅でした。

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2008年6月24日 (火)

京街道・枚方宿

午後から晴れるとの予報に大阪へ。
昨年の夏に途中まで歩いたまま放ったらかしの京街道、
梅雨空のなかを樟葉から再開でした。

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すぐに淀川の堤防に入って,、
楠葉パブリックゴルフコースを見ての道歩きです。
伏見宿から、淀宿と二つの宿を歩いて来ましたが、
今回は枚方宿から守口宿までの歩きでした。

頼みの天気は予報に反して曇り後雨、
当たらん時はこんなもんです。
この京街道、道中は何の見所もありません。
宿間はほとんどが淀川の堤防を河川公園を見ながらの歩きです。

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堤防歩きから枚方宿に入ります。
とにかく街道筋もほとんど見所がありません!

で、今回は枚方宿の「鍵屋資料館」です。

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枚方宿といえば「くらわんか舟」。
淀川を行き交う三十石船の船客に、
くらわんか!くわらんか!と舟を付けて食べ物を売った事で
有名ですが、そうした当時の様子が再現されています。

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「鍵屋」はまた、そうした三十石船待ちの宿として栄えました。
その母屋を解体して修理し」、復元されています。
その母屋です。

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こちらは見学は無料。

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母屋にも歴史を感じる展示品が多くあります。
そして資料館は有料(200円)ですが、

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こちらは淀川舟運の歴史が紹介されています。
こちらが入口ですが、まぁ、なかの紹介は省きます。


  Kyokaido009_1 Kyokaido008_1

そして宿の西外れにあります「水面廻廊」です。

太閤さんも、紀州候も、象も通った枚方の街道、
歴史の面影を残す町並みでした。  run 6月23日

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2008年6月23日 (月)

大師の里・あじさいまつり

大雨の大紀町でびしょ濡れになり帰ろうとしたら雨が小降りになる。
ならば、帰る途中にありますもう一つのあじさいの里、
以前に行ったことのある「丹生の大師」の里です。

町に入る途中から車道の両脇はあじさいだらけです。
駐車場横の道もご覧のとおり。

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正式には「大師の里・彦左衛門のあじさいまつり」。
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6月8日がまつりの日ですでに終っていましたが、
あじさいはまだまだ見頃でした。

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駐車場から「立梅用水」に沿って続く「あじさいの小径」から、
里内の田畑のなかを縫うように延びる道筋に、
あじさいが植えられていて里内がまさにあじさいで埋まっています。

その数どれほど?これはもう説明不要です、
そのあじさい群を歩いた順に拾っていますが、
これでもほんの一部です。

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とにかく道の両脇に咲くあじさいの数はどれほどあるのか?
ただ雑然と植えられているのですが、
歩く角度ですべてロケーションが変わります。

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三重県多気郡丹生、大師の里の「あじさいの小径」。

雨も上がって何も言うことのない、
ほんとに見事なあじさいを堪能させてもらいました。

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