2009年7月14日 (火)

射和祇園まつり・松阪市

三重県松阪市射和(いざわ)町にある「伊佐和神社」の祭礼、
「射和祇園まつり」の本日です。     camera  12日
  
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射和町は丹生(にゅう)水銀の中継地として、
またそれを原料とした軽粉(伊勢おしろい)の製造で栄えた町。

そして「祇園まつり」も地域に根付く伝統と歴史のまつりです。

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11日(土)の宵宮に続いての本日は、
小屋台が神輿とともに町の下の町から上の町まで本通りを
巡行する渡御祭。
各町内には宵宮に帰町した大屋台が飾り置かれています。

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夏祭りはどうしても夜のまつりになります。
この「祇園まつり」もメインは夜の還御祭!いたし方ありません。

町内に勢揃いした小屋台、

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2基の神輿の先導をつとめます。

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その神輿。

猛烈な暑さで立っているだけでも汗が噴き出すなか、
神輿を揺さぶっての練りが行われます。

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還御の時に神輿の練り込みがあるとは聞いていましたが・・・。

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猛暑の中の神輿練り!

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撮っている方も汗だくですが・・・
神輿を練る担ぎ手の方も大変で、早い回転で担ぎ手が変わります。

その前では小屋台が曳かれます。

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子供達が中心の笛や太鼓の囃しに合わせて鉾が
ゆっくりゆっくりと進みます。

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鉾(小屋台)と神輿が休憩に入りました。

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止まったところは射和町を代表する豪商のひとつ国分家の前。
家系三代の家が連なります。(驚き!)

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その前は維新に生き、勝海舟とも交流のあったと言う
竹川竹斎が居住した竹川家(射和文庫)でした。

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”祇園まつり”の追っかけはここまで。

この日は予想外の暑さに汗まみれ、
着替えも持たずに来てしまい散策も無しでの引き揚げです!
とにかく暑かった「射和祇園まつり」のひとコマでした。

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2009年7月13日 (月)

気比神宮・敦賀

国道476号線で木の芽峠トンネルを抜けると敦賀市新保、
真っ直ぐ下っていけば越前国一宮「気比(けひ)神宮」に出ます。

なにやら「おくの細道」歩き旅と思いは重なりますが・・・。

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表参道の朱塗りの大鳥居は国重要文化財。

正保2年(1645)の建立で、木造としては厳島神社、
春日大社と並ぶ日本三大鳥居のひとつだそうです。

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やはりここは本殿参拝の前に再開するこの人、
旅姿の松尾芭蕉像です。

台座に書かれているのは
 ” 月清し遊行のもてる砂の上 ”
そしてその左奥には敦賀と月を詠んだ5句が刻まれた石碑です。

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月を見たくて旅した芭蕉が、
ここ敦賀で詠んだ月の句、5句が刻まれています。

この裏に、隠れるようにある露塚、

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石碑には”気比のみや・・・”で始まる
「なみだしずくや遊行のもてる砂の露」(月清し・・・の初案句)の
句が刻まれています。

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手前ごとで恐縮ですがやはりここは外せない場所、
参拝の前にまずおさらいでした。^^;

さて、その「気比神宮」です。

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芭蕉像と相対するようにあります社殿と拝殿。

敦賀市民には「けいさん」の愛称で親しまれ、
大宝2年(702)の建立と伝えられています。

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主祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと)他
仲哀天皇 神功皇后 日本武尊 應神天皇 玉妃命 武内宿禰命
の6祭神を祀る。

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なぜ”けひ”か”神宮”かは別に譲るとして・・・、

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以前に訪れたときは先を急ぎ、
まだ見ていないところがありました。
その回廊と東門です。

そしてここも、

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絵馬殿でしょうか?
その奥には神苑があります。

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初めて見る神苑です。

もうひとつ、

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「気比の長命水」、
ちょうど神苑の裏手にあります「気比の長命・神水苑」。

あらためて芭蕉を訪ねた敦賀「気比神宮」。
思わぬ境内散策になりました。

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2009年7月12日 (日)

北国街道・板取宿

今庄から国道365号(国道476号併用)を南下すると
道は次第に山中に入って上っていきます。

道が栃ノ木峠(R365)と木の芽峠(R476)に別れる手前に
旧北国街道の板取宿(上板取)関所跡がある。

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わずか数百メートル?の短い宿場跡、
石畳の道を登って行くと茅葺の民家が残っています。

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柴田勝家が北の庄に封じられたとき、
信長の居城安土に赴く最短路として、
天正6年(1578)栃ノ木峠の大改修を行う。

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以来、人馬の往来は頻繁となり、
越前南端の重要な関門の地として板取宿が置かれた。

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板取宿は北国街道(東近江路)の玄関口として、
また、近江と越前を結ぶ要の宿として発達していきます。

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見事な兜造りの茅葺屋根と妻入りの民家・・・。

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今も4軒の民家が残されていますが、
そのうちの2軒は現在でも実際に住まわれています。

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まさに山中の山里?・・・、
ここは板取宿の南に置かれた関跡でもあります。

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江戸時代、家康の子、結城秀康が入国以来関所を設けて
旅人を取り締まった。
のちに板取番所として藩士が駐在する。

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短い板取の宿を抜けて振り返って見る旧道、
傍らに見えるガードレールは今庄365スキー場への道路。

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ここから木の芽峠の旧北陸道まではおよそ3キロほど、
かっての旧道がハイキングコースとして残るようですが・・・。

今は見える国道365号線がこの先端で、
木の芽峠と別れるように左の栃ノ木峠へと向かっています。

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2009年7月11日 (土)

北国街道(北陸道)今庄宿

南条から敦賀へと国道365号線を走るとすぐに今庄に。

江戸、京から山中、木の芽、栃の木といずれの峠を来ても、
まず最初に投宿するのが今庄宿。
また越前から江戸、京に向かう時、休泊するのもやはり今庄宿と、
ここは北国街道の交通の要衝でした。

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湯尾峠から来る旧街道と北陸線の線路を挟んで建つ
今庄宿の案内板です。

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観光客は少ないものの、
町には今でも当時の様子を偲ぶことができる古い家屋が残ります。

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お札場跡(旧西尾茂左衛門家)、

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京藤甚五郎家の重厚な家は塗籠の外壁と、
赤みの強い越前瓦の屋根の上に卯建が上がります。

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本陣跡、この辺りは宿の中心部になります。

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すぐ前には脇本陣(旧北村新平家)。
この脇本陣は特に加賀の殿様がよく利用したので
加賀本陣とも呼ばれます。

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この今庄宿の西側山頂にあるのが「燧ヶ城跡」。
この観音堂横から城への道があります。

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宿の南出口へと向かいます。

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この稲荷神社辺りが宿の南木戸口でしょうか。

そして道は追分へと入ります。

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旧道は手前の道しるべを右に折れますが・・・、

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道の分岐に立っていた「文政の道しるべ」、
5年前に歩いた時と比べてなにやら立派な場所に移っていました。

道標には「右 京 つるが 己可佐(わかさ) 道 
       左 京 いせ   江戸  道  」 とあります。

右に行けば木の芽峠越で敦賀・若狭への「北陸道」、
左にとれば栃の木峠を越えて木之本への「北国街道」です。

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新しく造られた?小広場には「蓮如ノ道」の石標も。
側面にはあわら市吉崎の吉崎御坊から北陸道を通って上洛、
下向の道のりが道中として記されています。

北国街道「今庄宿」。
新旧合わせて懐かしく思い出しながらの再訪でした。

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2009年7月10日 (金)

花はす公園・はすまつり

福井県南条郡南越前町にある「花はす公園」、
7月4日(土)から8月9日(日)まで開催中の「はすまつり」です。

観賞池と観賞蓮園がある「花はす公園」と、
県道を挟んで2つの観賞蓮園があります。

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「花はす公園」。

ハスの観賞池が2つと観賞蓮園が2つ、
そのなかを何本もの散策路と橋で整備された公園!

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池の中は橋が架かり中央には浮御堂も・・・。

園内には世界中の蓮108種類が集められ、
くまなく蓮を観賞することができます。

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また、「はすまつり」期間中の週末にはイベントも開催、
お休み処もあって「はすまつり」を盛り上げます。

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公園の東側、
手前が観賞蓮園、奥に少しだけ見えるのが観賞池です。

ここから県道を挟んだ観賞蓮園(ハス田?)に出ます。

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その観賞蓮園の西の端から。

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そして反対側の東の端から見ています。
広いです!

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こちらはハス田のなかにも散策路が設けられていて・・・、
これは観賞蓮園というよりハス田の方がぴったりと思うのですが。

まあ、そんなことはどうでもいいとして・・・。

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ハスの花は、1日1回早朝から咲いて昼前には閉じます。
それを3日間繰り返すと花は完全に閉じないで4日目を迎え、
その日の午後には散り始めるといいます。

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「花はす公園」のハスと、この広大な観賞蓮園のハスたちは
まつり期間中のいつに見頃を迎えるのでしょうか?

ふとそんな疑問が・・・。

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日本一の花はすの生産地といわれる南越前町南条、
今では年間20万本を超す数が東京や大阪方面に出荷される。

そんな南条の「花はす公園」、
「はすまつり」は始まったばかりです。  camera 9日 

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2009年7月 9日 (木)

鶴岡八幡宮・鎌倉

時は流れて半世紀?><
遠~~い昔の修学旅行を思い出すそんな同窓会の旅でした。

定番中の定番、鎌倉です!
鎌倉の大仏しか記憶にありませんが・・・ここもその1つ、
もちろん鶴岡八幡宮です。

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さすがに修学旅行のメッカですね、中学生の姿が多いです。
大鳥居から参道を行きます。
この日はちょうど7月7日、「七夕祭」の当日でした。

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子供達に混じって若者や適当なおじさんの姿も見えます。

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かの静御前が舞ったという「舞殿」。
初めての八幡宮ですが・・・吉野山の「勝手神社」以来、
静御前の舞の話に触れました。^^

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ここから大石段を登ります。

登りきると本宮。
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七夕祭のためでしょうか?七夕飾りが風に舞います。
子供達の姿とともに何とも嬉しい雰囲気のなかで参拝です。

應神天皇・比賣神・神功皇后を祀る社殿、
石段下にある若宮(下宮)とともに国重要文化財。

” 康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、
 源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した
 京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが
 始まりです。” とあります。

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この日も多くの中学生達でしょうか?
何処から?と聞くとみんな元気で応えてくれました。

「舞殿」を東に入るとある「由比若宮遥拝所」、
八幡宮の元宮「由比若宮」を遥拝するところ。

その脇には「鶴亀石」があります。

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水で石面を洗うと鶴亀の文様が輝きが現れるという名石・・・。

相対してあるこちらは「白旗神社」。

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黒塗りの社殿が印象的ですが、
源頼朝、実朝公が祀られています。

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そして最後はやはり静御前!偶然見つけました。

おそらく福島県郡山市から移植された桜でしょうが、
いつの日にか?見事な花を咲かせるのを楽しみに・・・。

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鎌倉、「鶴岡八幡宮」。

ほんの短い訪問でしたが一度は来てみたかった念願の鎌倉。
いつか改めてゆっくりと再訪したい・・・そんな場所でした。

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2009年7月 8日 (水)

箱根登山電車

1年ぶりの同窓会旅行でしたが雨の箱根になりました。

登ってくる途中の景色はもやがかかって何も見えません><
しかし、雨といえばやはりこの花!

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強羅駅から箱根湯元まで下る、
箱根登山電車で沿線に咲くあじさいを楽しみます。

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沿線に咲く約10,000株のあじさい!

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車窓に触れるほどの近さで見ることができます。

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駅のホームにもあじさいの鉢植えが。

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お神酒のおかげか?焦点が定まっていません><

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各地であじさいを撮ってきましたが、ここは格別!
次々と現れるあじさいにはまた違った雰囲気があります。

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箱根登山鉄道・あじさい電車の旅。

40分ほどの短いあじさい紀行でしたが、
今年最後のあじさいを(多分^^)楽しみました。 camera 6日

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2009年7月 6日 (月)

木曽三川公園パークセンター

岐阜県海津市福江にある「アクワワールド水郷パークセンター」、
ここも木曽三川公園のひとつ。

駐車場から右回りに南から北へと歩いて行きます。

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園内にはセミナー・イベントなど、
環境教育に関するさまざまな情報を提供するパートナー棟や
学習棟などがあります。

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南の入口から見るハス池(義呂池です)、広大です!

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パートナー棟と交流サロンや環境学習センターが建ち並ぶ園内。

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週末にはいろんな催しが行われています。

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通路沿いには季節を彩る花が咲き、春のタンポポ、
夏のハスやオニバスなど四季を通じて花木が楽しめます。

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園内を取り囲むように造られた水路にも水生植物が咲きます。

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北入口に咲いていたひまわり、
ここのひまわりはもう終りに近い状態でした。

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イベント広場から見るパークセンターホールと風車。

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風車前の池、今は何もありませんが、
夏にはここにオニバスの花が咲きます。

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義呂池の最北です。
こちらはハスがチラホラと咲き始めています。

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ここのハスもこれからのようですが・・・、

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「木曽三川公園アクワワールド水郷パークセンター」。

いつもは花だけ!それもハスとオニバス、
そして水路に咲く水生植物が楽しみのところですが、
今回は公園の施設とともに紹介しました。

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2009年7月 5日 (日)

大賀ハス池・羽島市

新聞に載って少し日にちがたちましたが、
岐阜県羽島市桑原にある「大賀ハス池」です。

ただいま、「大賀ハスまつり」開催中。

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大賀ハスについての説明は省きますが、
池の周辺を回る花回廊を歩きながらのハス見物です。

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この大賀ハス、毎年来ていますが・・・、
なぜか?そのタイミングがまったく合いません!

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午前中も午前中!
花の咲く時間を考えながらの訪問でしたが・・・
これは厳しいですね~。

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時間が経つにつれ人が多くなってきました。
花回廊を歩く人たちも、
”まだ咲いていないの?少ないね~”との声が多いです。

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ちょうどハス池を一周してきました。

ハスまつりはまだ先がありますが、
開花がベストの時期は・・・?です。   camera 4日

このまま帰れば話にもなりません!
ここから南へ5分ほど車を走らせます。

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羽島市の最南端桑原から木曾川右岸の堤防を歩きました。
ここもあのデ・レーケによる木曽三川工事の歴史があります。

先に見える木の森、

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長良川左岸から来る車道です。
ここで道は木曾川右岸に合流します。

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木曾川右岸は「木曾川河川事務所」の管轄道路、
許可なしでは走れません・・・が走る車も。

見えているて堤防道路の右側が、
羽島市桑原に隣接する海津町の成戸にある
木曽・長良背割堤(せわりてい)の付け根です

このデルタにある「三川分流碑」。

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明治改修における三川分流工事の完成を記念して、
大正12(1923)年3月に建てられたもの。

碑には宝暦治水をへて、三川分流を目的とする
明治改修工事に着手せざるをえなかった経緯などが
しるされています(・・・が読めません><)。

傍にあるその看板を、

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余りに細かく詳しいので興味のある方はクリックで。

ハスと木曽三川分流工事、そしてデ・レーケ、
昨日に続いての関連記事、
意識はしていませんでしたがなぜか繋がってしまいました。

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すぐ横を流れる長良川。
グリーンベルトは長良川中提道路、
2本の堤防を挟んで右側には木曾川が流れます。

宝暦治水から明治の河川改修へと、
木曽三川の水との歴史は数知れぬ変遷のなか、
現在に至っています。

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2009年7月 4日 (土)

船頭平閘門

「船頭平河川公園」。
「船頭平閘門(せんどうびらこうもん)」を挟んである水生植物園とともに
整備されている公園です。

その「船頭平閘門」。
水位の違う木曽川と長良川を結ぶため、水門で水を調整して
水面の高さを一定にする施設が閘門、その高さが一定になる
部分が閘室(ミニ運河?)です。

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長良川側の閘頭部を跨ぐ橋の上から見た木曽川側の閘室。

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同じ閘室を木曽川側から見ていますが、
ここで水を調節して水位を一定にします。

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こちらは木曾川側から見た閘門の閘頭部、

そして

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長良川側から見た閘頭部です。

” 明治時代の河川工事により木曾川と長良川を往来できるように
   した閘門で、門扉が二重になっている復門式の形状では
 わが国で初めてのもの。明治35年完成。”

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その二重になっている復門式の門扉です。

” 明治の改修によって三川の分流が完成。それにより木曾川から
 長良川や揖斐川へは河口まで回らなくてはならなくなり、
 その不便さをなくすためこの船頭平閘門が作られた 。” と。

さて、公園です。

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ここも木曽三川公園の1つですが、
特に目立った公園設備はありません。

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アジサイの咲く園内を回って行くとデ・レーケ像広場に出ます。

広場にあるデ・レーケ像、

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明治20年から45年にかけて行われた木曽三川下流部の
改修は、オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの指導によるもの。

木曽三川の歴史を保存する「木曾川文庫」。

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輪中、宝暦治水、明治の改修などの資料を見ることができます。

そしてこちら、

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「明治の水門扉・旧閘門扉」です。

” 完成以来90年余り活躍し、長年の歴史に耐えてきた閘門は、
 平成6年に改修が行われ、開閉装置が手動から電動へ
 切替わりました。 ”と。
その旧閘門扉が展示されています。

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この「船頭平閘門」は、
わが国で数少ない明治期に建造され、現在も使用されている閘門、
また、復閘式閘門としてわが国最初期のものであることなどから、
重要文化財に指定されています。

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初めて載せた「船頭平閘門」と「船頭平河川公園」の全容です。

初夏のハスを楽しみながら・・・
「船頭平閘門」に木曽三川の歴史のひとつを学びました。

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